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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)428号 決定 1985年10月29日

抗告人

佐野力弘

右訴訟代理人

城田富雄

主文

原決定を取り消す。

静岡地方裁判所昭和五八年(ヨ)第四九号不動産仮処分申請事件につき同事件申立人伊藤隆二がした担保(静岡地方法務局昭和五七年度金第二六一九号で供託した金三〇〇万円)を取り消す。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、本件担保の取消をする。」との裁判を求める、というのであり、抗告の理由は、別紙のとおりであるが、その要旨は、(一) 本件では、担保権利者は本案訴訟において供託金の取戻請求権の譲渡人との間で担保取消に同意する和解に応じているから、民訴法一一五条二項の要件が充足されている、(二) 本件仮処分事件の本案訴訟は、和解成立により完結し、担保の事由が消滅したから担保取消決定をすべきである、というにあると解される。

二抗告理由(一)について

記録によれば、伊藤隆二は、昭和五八年三月一五日静岡地方裁判所に対し成川正雄を相手方として不動産競売手続の停止を求める仮処分命令を申請し、右は同裁判所昭和五八年(ヨ)第四九号不動産仮処分申請事件として係属したこと、伊藤は、同裁判所の保証決定に従い、昭和五八年三月一七日静岡地方法務局に右事件の保証金として金三〇〇万円を供託し(同法務局昭和五七年度金第二六一九号)、同日抗告人に対して右供託金の取戻請求権を譲渡し、同月一七日同法務局に書面で右譲渡の事実を通知したが、右書面は同月一八日右法務局に到達したこと、右仮処分事件の本案である同裁判所昭和五八年(ワ)第八〇号登記抹消手続請求事件について昭和六〇年六月一〇日原告の伊藤と被告の成川との間で和解が成立したが、その和解条項中に、成川は伊藤が右仮処分事件の保証として供した金三〇〇万円の担保取消に同意し、該担保取消決定に対し抗告権を放棄するとの条項があることが認められる。

ところで、供託者が保証供託金の取戻請求権を譲渡したときは、民訴法五一三条二項、一一五条二項による担保取消についての同意もこれを譲受人に対してすることを要すると解すべきである。蓋し、この場合の同意は、担保提供者が単独ではなしえない供託物取戻請求権の行使を単独でもなしうるようにする授権同意の性質を有するものであり、従つて、同意の相手方は右取戻請求権者でなければならないからである。これを本件についてみれば、抗告人は本件供託金取戻請求権の譲受人ではあるけれども、本件前記和解における担保取消の同意は、担保権利者である成川が右取戻請求権の譲渡人である伊藤に対して、その譲渡後にしたにすぎないから、この同意に民訴法一一五条二項の同意としての効力を認めるに由ないものといわなければならない。

三抗告理由(二)について

民訴法一一五条一項の「担保ヲ供シタル者」とは、抗告人の如き供託金取戻請求権の譲渡を受けた特定承継人も含まれると解すべきであるから、以下「担保ノ事由止ミタルコト」につき検討する。

仮処分のための保証は、被保全権利又は保全の理由を欠く仮処分命令又はその執行によつて仮処分債務者が被ることのあるべき損害の賠償請求権を担保するものと考えられる。従つて、仮処分の本案訴訟で和解が成立した場合において、和解条項に担保の処理について何の定めがない場合でも、担保権利者である仮処分債務者が仮処分命令及びその執行によつて被つた損害賠償請求権を放棄したときは、民訴法五一三条二項により準用される同法一一五条一項所定の「担保ノ事由止ミタル」場合に該当すると解するのが相当である。そして、この理は、和解条項中において仮処分債務者が明示的に右請求権を放棄した場合に限らず、いわゆる清算条項その他の和解条項の趣旨から黙示的に右請求権を放棄したと解される場合においても妥当することはもちろんであり、むしろ、和解の本来の性質に照らすと、和解条項の文言から仮処分債務者が特に右請求権を留保する趣旨が窺われるような特別の事情のない限り右請求権は放棄されたものと推定しても不合理ではない。そこで、本件についてみるに、本件の和解条項中に担保権利者である成川が本件担保取消に同意し、該担保取消決定に対し抗告権を放棄するとの条項があることは前認定のとおりであつて、この同意条項が訴訟法上担保取消の同意の効力を有しないこともさきにみたとおりであるが、この同意は、通常実体法的には供託物に対する権利の放棄延いては被担保債権の不存在を自認するものと解してよいから、叙上和解の本来的性質とあわせ考えるときは、更に特段の事情をせんさくするまでもなく、本件和解により担保事由が消滅したものと判断するのが相当である。

以上のとおりであるから、本件担保取消の申立は、民訴法一一五条一項に則つて認容すべく、原決定がこれを却下したのは失当である。

四よつて、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消し、本件担保を取り消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官髙野耕一 裁判官根本 眞 裁判官成田喜達)

抗告の理由

一、原決定の理由に対する反論

1 一、前段の大決昭和一一年七月二三日を援用して供託金の取戻請求権の譲渡があつた場合に、譲渡人が申立権を喪失するとの説示は短絡的断定である。例えば第三者供託が為された場合において、必ずしも訴訟手続―担保取消―に該第三者を登場させる必要はないと信ぜられるし実務上も立担保の義務を負つた担保義務者(供託者でない)が訴訟手続当事者として担保取消申立をするとされているのではないか。

然し本件抗告人は譲受人として担保取消の申立をしているから右の点については特段に苦情異論を挿しはさむものではない。

2 一、後段において、担保権利者の同意は、譲受人との間でなされなければならないとの解釈はあまりにも生硬頑迷な形式論である。

裁判所に提出される「同意書」なるものは、実務上は担保権利者が「同意する」旨の記載があるのみで、その名宛が記されていることは一〇〇%ない筈である。

民訴法第一一五条Ⅱにおいては「担保権利者の同意を証明したとき」とされているので、これが誰と誰との間の同意でなければならないと狭く解釈する実質的理由は全く存しない。

要するに担保取消について担保権利者が承諾していることが明白であるならば担保の事由が止んだとして取消を為すことは何人の権利々益を害することはあり得ないではないか。

本件は本案訴訟が裁判上の和解により終了しその和解条項において、担保の内容を明確に特定して、担保権利者がその取消に「同意」したことが定められたのである。原決定の如くその同意が「誰に」対して為されたかを詮さくして、「この和解条項は無効である」と断定されることは不遜のいたりである。

原決定の裁判官は、右和解条項の「同意」により担保取消を為すならば誰のどのような権利々益を害すると考えられるのか?責問したい程である。

3 二の理由説明の誤りは右1、2の反論により明かである。

二、原決定は本件担保取消申立につき、民訴法第一一五条Ⅱの解釈にのみ没入して却下の結論を下しているが

抗告人は「和解条項の記載証明」を提出することにより、本案訴訟の完結したことも併せ証明している。右本案訴訟の完結が申立人の提出した証明によつて不充分だと考えられたならば同一裁判所に存在する本案の記録について心証を得られることは特段に手間・ヒマのかゝることではなく裁判官の権威を損ねることではない筈である。

民訴法一一五条Ⅲは訴訟が完結したときは……と規定し、この場合、本案訴訟が担保提供者の勝訴によつた場合はいわゆる「権利行使催告」の手続を経ないで直ちに担保取消を為すべきであることは多年にわたり確立された裁判所の解釈実務である。

原決定は前記一、の誤れる理解に終始して何故に右法条の審理をしなかつたのであろうか。

要するに原決定は右に指摘するとおり法令の解釈を誤つているし、さらには審理(究)不充分であるからこれを取消し、さらに相当の裁判を求める次第である。

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